Date: Sun, 3 Dec 1995 16:21:01 +0900

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bogomil's CD collection #12          ○○○○◎◎○○
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クラシックの通説を検証する(2)クラシックはむづかしい?
ヴィエルヌ:オルガン交響曲

 一般にクラシック音楽は他のジャンルの音楽に比べて、「とっつきにくい」、「む
づかしい」とみなされがち。しかし、本当にそうなのだろうか。

 日頃、クラシックにはなじみのないサラリーマンAさんの場合を考えてみよう。A
さんは、たとえばレストランでBGMで流れているショパンのノクターンを聴いて、
「クラシックはむづかしい」などとはいわない。適当に聴き流して、ことさら話題に
のせることもない。ここだけの話、Aさんはリチャード・クレイダーマンとショパン
の区別もつかないのである。

 では、Aさんはどんな場合に「クラシックはむづかしい」というのだろうか。それ
はたとえば友人が合唱に出演するからといって、義理で買わされたチケット片手に、
年末の忙しい時に、ベートーヴェンの「第九」を聴きにいったようなとき。こんなと
き、Aさんは半分ため息まじりに「クラシックはむづかしいですねえ」とつぶやくのだ。
 
 この種の「むづかしい」という発言は、クラシックに限らず、多くの場合、何かを
敬遠するために用いられるのであり、その真意は「退屈だ」、「おもしろくない」と
いうこと。明治以降、欧米崇拝に凝り固まっている日本では、クラシック=西洋芸術
音楽は高尚なもの、すばらしいものとされてきたから、ストレートに「退屈だ」とか
「つまらない」とはいいにくい。まして、第九の4楽章を「わけがわからないバカ騒
ぎ」などといおうものなら、「貴様は楽聖ベートーヴェンの作品を侮辱するのか!」
と怒られそうな雰囲気がある。だからといって、口先だけ「さすがに第九はすばらし
い、ベートーヴェンの偉大な精神が見事に結実している!」などと心にもないことを
いえない正直なAさん、苦肉の策で「むづかしいですねえ」というしかないわけだ。

 これは、お見合いやプロポーズの断りの文句に似ていなくもない。「ご立派過ぎて
…」とか「あなたには、私などより、もっとふさわしい方がおいでになると思います
ので…」とかなんとか。「オマエなんかと結婚できるか、このタコ」というホンネは
まずいわないものである。

 例外はあるだろうが、ほとんどの場合「クラシックはむづかしい」という人は、「
クラシックが嫌い」あるいは「クラシックはおもしろくない」のである。だから、こ
のホンネを理解せずに「じゃあ、むづかしくなければいいんでしょう?」などという
のはピントはずれ。ところが世の中にはこのような余計なお世話が結構ある。いわゆ
る「クラシック音楽入門」といった類いの書籍やCDブック。誰が、演歌を聴くときに
「まずは、わかりやすい美空ひばりの代表作から鑑賞するとよいでしょう…」などと
書いてある「入門書」を読むだろうか。入門書を出すこと自体が「クラシックはむづ
かしいもの。ふつうの人にはわからない。だから、入門書で勉強しなさい」と敷居を
高くしてしまうことにもなりかねない。

 もちろん、かくいう筆者も、レコード付きの音楽全集でクラシックを聴くようにな
ったのだから、今は多少、自分が詳しくなったからといって、偉そうに入門書を否定
するつもりはない。しかし、旧態依然とした内容の通俗名曲ガイド的なものにはうん
ざりしてしまう。

 さて、腹が立つのを通り越して、あきれてしまったのが東京の某Sホールのパイプ
オルガンのCDシリーズの1枚(注)。まず、呆れてしまったのがJ.シュトラウスの《
美しく青きドナウ》をオルガンで演奏したもの。演奏しているのは、「ウイーン」の
、そこそこ名の通ったオルガニストだが、なめらかな弦の響きが一本調子のオルガン
に置き換えられると、ブカブカ鳴るだけでなんとも滑稽。第九《合唱》と、バーンス
タインの《トゥナイト》を組み合わせた「即興演奏」と称するものもひどい。第九の
テーマと《トゥナイト》のテーマで二重フーガを即興するならともかく、テーマの扱
いが極めて表面的で、ときおり、思い出したように出てくるだけ。コミック・バンド
なら、少なくとももっと楽しめる演奏をすることだろう。

 Sホールのオルガン・コンサートでは、この種の「名曲」のアレンジや、ポピュラ
ー曲のアレンジがよくプログラムされる。どうも、このホールの方針になっているら
しい。若者を対象にした「バレンタイン・オルガンコンサート」なるものも行ってい
た(まだ続いている?)。オルガンを少しでも普及させよう、という趣旨そのものは
大いに結構。しかし「オルガン曲はあまり知られていない。だから、もっと親しみの
ある曲を演奏すれば普及するだろう」という発想には無理がある。安直な編曲ものは
、一見わかりやすそうであっても、しばしばオリジナルと比較されてオルガンの欠点
を露呈することになり、かえって逆効果。どんなに無名の曲であっても、本来オルガ
ン用に作られた曲で、オルガンのよさをアピールするべきではないだろうか。

 そこで、今回紹介するのは、ヴィエルヌ(1870-1937)の6曲の《オルガン交響曲
》*。各曲とも30分〜40分以上の大曲だが、それだけにロマン派オルガン音楽の多用
な音の重なりと音色の変化を存分に聴かせてくれる。楽器を熟知した作曲家の作品に
勝るものはない、ということもよくわかる。

*Discography:
Louis Vierne: Integrale des 6 Symphonies pour Orgue(REM 11047-1/2, 11048 3/4)
(注)このシリーズ、ひどいのはこの1枚だけで、筆者の知る限り、他の演奏家によ
るものは、選曲も演奏も、まあライブとしては一応の水準にあるといえる(1994年12
月現在)。

94/12 rev.95/11