Date: Sun, 3 Dec 1995 16:21:03 +0900

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bogomil's CD collection #14          ○○○○◎◎◎○ 
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シェーンベルク:《ワルシャワの生き残り》
「良楽」は耳に苦し

  シェーンベルクの《ワルシャワの生き残り A Survivor from Warsaw op.46》は
、いろいろな意味で考えさせられる作品だ。

 まず、ナチスによるユダヤ人迫害、という重いテーマを扱っていること。それも、
迫害から生きのびたひとりの男性の回想、という形をとって、具体的に語られている
ところが、迫真性を増している。「反戦」、「平和を守ろう」というスローガンはよ
く耳にするが、概して、観念的で、具体性に乏しく、何回も繰り返されると、どこか
陳腐にさえ聞こえてくる。「戦争はいけません」などということは、誰でもわかって
いることで、問題は「どうしたら戦争を防げるか」ということだが、その解決策なく
、ただ、抽象的なスローガンを唱えるだけでは大した意味があるとは思えない。

 広島の原爆や、東京大空襲について、何千トンの爆弾が落されて、何万人の人が犠
牲になった、と説明されても、想像を越えた量なので、実感することができない。し
かし、それらを体験した個人の言葉は重い。ひとりの人間が、自分の目で見、耳で聴
いたことの方が、はるかに具体的なイメージを喚起する。

 《ワルシャワ》の場合も、描かれている状況は、ほんの数時間のことでしかない。
しかし、その数時間が、そこにいる一個人にとっては、重大な意味を持ち、そして聴
いている者が追体験できる、いわば等身大の時間であることが、かえって問題の重大
さを強調する。演奏時間が約8分であることも、印象を深くしている。このような深
刻なテーマであれば、数時間かかる大オラトリオにすることも考えられるだろう。し
かし、シェーンベルクは、ごく短い時間に集約する方法を選んだ。これは、彼がピア
ノ曲や管弦楽曲で試みた「警句的形式」に通じるものだが、《ワルシャワ》では特に
効果的だ。この作品は、いわば「重厚短小」な作品なのである。なにごとによらず、
ぐだぐだ長いのはよくない。特に、お説教が長いのは逆効果といわれる。テレビのコ
マーシャルでも、製品名をひとこと、パッというだけの短いものが効果的らしい。

 さて、この作品は、声楽とは何か、という点でも、興味深い問題を提起する。ちょ
っと聴くと、朗読のバックに音楽が流れている、一種のラジオ・ドラマのような印象
を受ける。これは、Sprechgesang, Sprechstimmeと呼ばれる手法で、《月に憑かれた
ピエロ》では、まだ、多少音高の変化が「歌」的だったが、《ワルシャワ》ではほと
んどナレーションと区別がつかない。しかし、楽譜を見ると、ナレーションのパート
が、厳密に書き表されていることに驚かされる。音の高さは、1本の線の上下に相対
的に指示されているに過ぎないが、音の長さは、正確に8分音符、16分音符といった
長さで書かれているのである。

 ナレーションと、楽器による音楽のタイミングが、厳密に規定されて、作品が出来
上がっている、という点では、「ナレーションのバックに音楽が流れている」朗読や
ラジオドラマとは一線を画したものだ。この意味では、この作品はあくまで「伴奏付
き独唱歌曲」といわねばならない。ドイツ・リートの精神を受け継ぐもの、シューベ
ルト、シューマン、ヴォルフの歌曲の延長線上にあるもの、といってよいだろう。あ
るいは、そもそも「朗読」というのが、歌の一種である、という風に定義してよいの
かもしれない。

 さて、《ワルシャワ》は、作曲技法の面では、12音技法用いていることが大きな特
徴だ。「体系化された無調」というべき12音技法は、旋律的にも和声的にも不協和な
響きが多い。特に最後に歌われる12音技法による男声合唱《イスラエルよ、聞け》は
、何度聴いても、鳥肌の立つような凄味がある。この作品は、いわゆる「美しい旋律
、きれいなハーモニー」という音楽からは遠く隔たっているのだ。しかし、人間は、
いつも甘く柔らかいパウンド・ケーキばかり食べていてはいけない。虫歯になるし、
顎の力が弱くなって、思考力も鈍る、といわれている。堅く、カライもの、ニガイも
のも食べなくてはならないのである。この《ワルシャワ》は、さしづめ、堅く、すっ
ぱい黒パンのようなもの。甘くて耳当たりのよい音楽ばかり聴いて、音楽的な肥満や
、音楽的糖尿病になっている現代人にとって、本来の健全な音楽感覚をとりもどすた
めの「健康食」になるかもしれない。よーくかんで食べなければならない音楽だ。

 戦争と、それに付随する残虐行為は、人間の尊厳を否定するものだ。だから、人は
目をそむけ、音楽は、といえば、せいぜいその痛みを和らげるための感傷的な調べを
提供する、という消極的な態度をとるぐらいしかできない。《ワルシャワ》は、この
問題を正面からとらえた極めて稀な音楽の例といえるだろう。

 この作品が、アメリカで初演されたときの興味深いエピソードが伝えられている。
演奏が終ったとき、あまりの衝撃に、聴衆は拍手することができなかった。もう一度
、演奏され、そのあとで、盛大な拍手が起こったという。他の曲であれば「そんなバ
カな」と一笑に付すエピソードだが、この作品に限っては、「そうかもしれないな」
と、納得してしまう。筆者はこ曲を聴き終わった後、とても拍手などする気にはなれ
ないからだ。
 
Discography:
・「シェーンベルク:合唱作品集」(CBS/SONY CSCR 8390〜1)
・Schoenberg: A Survivor from Warsaw (Grammophon 431 774-2)
・Penderecki/ Schoenberg/ Van de Vate (CONIFER CDCF 185)

92/06  rev. 95/10