Date: Sat, 16 Dec 1995 17:55:43 +0900

bogomil's CD collection #21       ○○○◎○◎○◎

作曲者変更のお知らせ
ダンスタブル(?):《おお美しきバラよ》

 ときおり、「結婚しました」という葉書がくる。女性は、ほとんどの場合、姓が変
わってしまうから、住所録の変更がちょっと面倒だ。旧姓も残しておかないと、誰だ
かわからなくなってしまう。仕事で日頃、よく会っている人の姓が変わると、しばら
くは混乱する。本人も慣れていないから、余計、話がややこしくなる。姓が変わると
いうのは、本人にとっても、周囲にとっても、けっこう大変なことなのだ。

 ごくまれなことではあるが、音楽の場合にも、これに似たことが起こる。もちろん
、大作曲家が結婚して姓が変わる、などということではない。ある特定の作品の作曲
者が変わってしまう、ということ。ほとんどは、本当の作曲者が明らかになる、とい
うケースだ。

 有名な曲の例が、ハイドンの弦楽四重奏曲作品3-5。この第2楽章は「セレナー
デ」として有名だが、この曲を含む作品3の6曲は、R.ホフシュテッターという人(
カトリック司祭)の作であることが1962年に判明している。1767年に出版するとき、
出版社が、有名な作曲家の作、とした方が売れるということで、勝手にハイドンの名
を冠してしまったというのだから、ひどい話である(こういうことは当時はよく行わ
れたらしい)。もっとも、「ホフシュテッター作」で出版したら誰も買わずに、忘れ
られてしまったかもしれない。まあ、いずれにせよ、この例は、あまり重大な問題を
引き起こさない。作品3は、ハイドンの評価を覆すような「代表作」というわけでは
ないからだ(ただし、この曲を「ハイドンの円熟期を示す代表作」などと評価してい
た学者や評論家がもしいたなら、ちょっと困ったことになるかもしれない)。

 さて、CD『おお美しきバラよ/15世紀イギリス世俗歌曲集』(L'Oiseau-Lyre PO
CL-3123)は、ちょっと困った問題を引き起す。このCDでは、従来、15世紀イギリ
スの作曲家、J.ダンスタブル(1453没)の作とされてきた《おお美しきバラよ O ros
a bella》という歌曲が、ジョン・ベディンガムJohn Bedyngham(1459あるいは1460
年没)の作とされている。そして、この曲の作者が変わる、というのは大問題なのだ
。なぜかという、あまり知られていない作曲家とはいえ、ダンスタブルは15世紀前半
のイギリスを代表する作曲家とみなされており、そして、この《おお美しきバラよ》
は、彼の代表作とされてきたからである。

 すでに1980年刊のイギリスの音楽事典 New Grove's Dictionary of Music and Mus
iciansのダンスタブルやベディンガムの項ではこのことに言及されているので、研究
家の間では知られていたのだろうが、それでも明確に「ベディンガム作」と銘打った
CDが出てくるというのは、知人の姓が変わってしまうのと同じで、少なからぬ混乱
を引き起こすことになるだろう。現在、出回っている音楽史関係の本のほとんどは、
この曲を「ダンスタブル作」としているからだ。

 このケースとは逆に、未熟な作品が、大作曲家の作品リストから取り除かれること
もある。かつてバッハの作とされていた《8曲の小プレリュードとフーガ》(BWV553
-560)は、現在ではおそらくバッハの作ではない、とみなされているが、かといって
、正しい作曲者がわかったわけでもなく、完全に宙に浮いてしまった。この曲は、新
バッハ全集には掲載されていないので、アクセスできる楽譜は、旧全集、ケラー編と
デュプレ編のバッハ・オルガン作品全集ぐらいである。大曲ではないので、録音され
ることもほとんどない。

 しかし、これはちょっと疑問だ。なるほど、この曲はバッハの作ではないかもしれ
ないが、バッハのオルガン作品と一緒に伝えられてきたものだ。これを、バッハの作
ではないからといって、音楽史の上から消し去ってしまってよいものだろうか。

 いずれにせよ、作曲家と作品の結び付きは、それほど堅固なものではないし、ひと
たび完成してしまったら、音楽は独り歩きを始めるといえる。以前にも述べたように
、音楽の価値を作曲家と結びつけて論じることには限界がある。確かに音楽は人間の
精神の産物だから、G.バシュラール風に音楽を花にたとえるならば、作曲家の人間
性は肥料ぐらいにはたとえられるだろう。しかし、花の美しさを、肥料だけで説明し
ようとするのは馬鹿げている。

 《おお美しきバラよ》にせよ、《8曲の・・・》にせよ、作曲者の人間性や、作曲
者が誰であるか、という問題は、音楽の本質には無関係だ。音楽ファンの会話で、よ
く「この作曲家が好きだ」という言い回しが聞かれる。ごく日常的にはこれで問題は
ないけれども、「この曲が好きだ」という方が、より適切だろう。

93/05 rev.95/12