恐怖のM計画

 K市の都市環境整備課課長の松原は悩んでいた.道路の幅の狭さや日照権の問題が市
民の中で騒がれるようになってきた.しかし,建物が乱立しているK市の中心部はもは
や手の施しようが無かった.それに加え,老朽化した橋の付け替え工事の計画も進めな
ければならなかった.


 松原は,進展しない中心部の問題は後回しにして,とりあえず橋の付け替え工事を進
めることにした.道路制限の準備と業者の選択をしなければならない.とはいえ,それ
らは大した仕事ではない.道路制限をする日時と場所を警察に届け出ることと,工事内
容を複数の業者に通知することだ.強いていえば,もう一つ重要な仕事がある.業者の
見積は,どれも似たりよったりで,どこが落札してもそう変わりはない. そのためのク
ジを作ることだ.


 工事に名乗りを挙げたのは7社だった.そしてクジ引きをした結果,「高島建設」と
いう業者に決定した.松原は,新しい橋を建設する方法はどこも似たようなものだが,
高島建設の橋の取り外しの方法が他の業者とは異なっていることを把握していた.橋を
徐々に壊していくのではなく,一気に破壊してしまうというものだ.本当に大丈夫なの
だろうか.
「なぁに,ほら,アメリカではダイナマイトで吹っとばすでしょう.要はあれと同じで
すよ.ただ,うちはダイナマイトは使いませんがね.」
なんでも,機械で橋に振動を与えて一気に壊すという.物体に振動を加えると,普通は
徐々に減衰していくが,ある特定の振動数については共鳴するそうだ.その物体特有の
振動数を固有振動数といい,その性質を使うということだ.
 数日後,橋の取り壊しが行われた.橋は振動発生装置を運転開始後,ものの10分で
粉々に壊れてしまった.まさにあっという間の出来事であった.


 松原は考えていた.街の中心部の都市計画についてである.高島建設の機械は,物体
の固有振動数を探り当てる機能を持っている.これを地面に適用したらどうなるだろう
か.恐らく大地震が起きるに違いない.建物を壊して,きちんと区画整理をするのだ.
街の中心部は,休日になると企業は休業し,昼間には市民も出かけてしまい,ほとんど
無人となる.それでも何人かは残っているだろうが,松原はこの問題に取り組むことに
うんざりしていて,多少ノイローゼ気味だったので,もはやどうでも良いと思えた.そ
こで,極秘に高島建設に提案を持ちかけて,復興事業には高島建設を支持するというこ
とで合意を得た.この計画はM計画と名付けられた.


 まずは振動発生装置を地中に潜り込ませなければならない.そこで,高島建設の新し
いビルの建設予定地からモグラのような機械によって掘り進み,地下1kmのところに持
っていくことになった.目的地に到達するまでには結構時間がかかり,予定ではGWあ
たりになるだろうという.松原は,その頃ならば丁度都合が良いと思った.


 そして予定の日が来た.高島建設に問い合せたところ,予定通り昨日,目的地に到着
したことが確認できたという.松原は,明日の正午に振動発生装置を運転開始するとい
う段取りを確認したあとで,S市の実家へと出発した.


 翌日の正午過ぎ,予定通り地震が起きた.松原のいるS市はK市からかなり離れてい
るが,それでも震度4を記録した.直撃を受けたK市は恐らく震度9くらいでは,と松
原は思った.早速,テレビをつけてみると,案の定,どこのチャンネルでも地震の報道
ばかりである.実際,K市も映し出されたが,予想に反して大した被害は出ていないよ
うだ.震度も5だという.その代わり,アメリカ,ヨーロッパ,オーストラリアと,世
界各地でも同時に地震が発生したようだ.松原は慌てて高島建設に問い合せてみた.す
ると,「地面を伝わって地球規模で地震が発生したが,逆にエネルギーが拡散してしま
い,直撃となるはずのK市にも他の場所と同程度の地震しか起きなかった」という調査
報告があったそうだ.


 松原はがっかりして受話器を置くと,しばらくテレビを見ていた.すると,K市で唯
一全壊した建物が映し出された.それは手抜き工事によって建てられた自分の仕事場,
すなわち市役所であった.