南極へ行こう

 あの日,俺はドアベルの音で目覚めた.このところ,夜に活動することが多く,よう
やく深い眠りについた頃だった.玄関に出てみると,3人の黒づくめの男達が言った.
「我々は神の使者である.そなた,神を信じるか?」
寝惚けていた俺にはきつ過ぎるジョークだ.
「もちろんだ.月が降ってきても神を信じるぜ.」
「それでは我等神の使者についてくるか?」
「地獄行きなら勘弁してくれ.楽園なら結構.」
「よろしい.我等とともに楽園へ.」
男は終止真顔で答えた.それは何処かと尋ねたが「それは言えない」という台詞だけ聞
くのがやっとだった.俺は催眠ガスで眠らされたのだ.


 何時間いや何日たったのか分からないが,目覚めるとベッドとソファーとテーブル,
そしてエアコンとモニターしかない小部屋にいた.突然,モニターがついて何処かで見
たことのある老齢な男性が映し出された.
「ようこそ.人類最後の楽園へ.我々は,未来を生きることを許された選ばれた者であ
る.今頃,地上は神の大いなる力によって浄化されているであろう.」
俺はようやく思い出した.モニターの男性はR法王だ.これでようやく分かった.
ここは神の怒りから逃れるためのシェルターなのだ.


 俺は探偵という職業がら,いろいろな「コネ」を持とうと思って宗教活動を8年前か
ら始めた.会合にも毎週必ず出ていたが,実はミサの始める前と後のいろいろな人の会
話からいろいろな情報を引き出すためだった.会合には様々な職業,社会階級,人種が
集まり,実際,引き出した情報が役に立つことがしばしばあった.宗教を「利用」して
いたことは勿論誰にも言ってはいないが,結果的に命拾いをしたようだ.


 風呂もトイレもそして着替えもあるが,いまだに部屋の外に出ていない.飯は3度き
ちんと運ばれてきて,ドアの小窓から出し入れする.その時に,外に出れないか聞いて
みたが,相手は終止無言である.仕方ないので,モニターを見るしかない.モニターに
映し出されているのは美しい風景ばかりである.俺は,ここがどこなのか手掛かりが掴
めないかと考えていたが,腕時計に仕込まれた磁石を見るとS極がほぼ真下を指してい
ることに気付いた.そう,ここは南極点なのだ.そして,以前の法王猊下の演説を思い
出すと「地上は」といっている以上,ここは南極点の地下だろう.確かに,磁石さえあ
れば南極点ならば絶対に間違うことはない.試しに,いつも首から架けているペンダン
トを垂らすと,部屋の中心を指した.


 生活には特に不自由は無いが,あまりにも退屈な日が何日か続いた.ようやく,モニ
ターにいつもと違う映像が映し出された.法王猊下が祝福を与えてくれるというのだ.
ドアが開き,通路を進むとかなり大きい広間に出た.すでにたくさんの人が列を成して
いる.最終的に集まった人数は途方もない数になった.しばらくして,法王猊下が舞台
壇上に姿を現し,祝福の辞を述べた.そして,集まった人々の中から一人に代表して祝
福の手をかざすことになった.
「アメリカ・ニュージャージー州ノースベイルのスティーブ・ギブスン,前へ」
何と,俺じゃないか! 列の前方にいたので,すぐに壇上へ上がることができた.法王
猊下が左手を差し伸べたので,ひざまづいてその手を握り頭をさげると,法王猊下は右
手で俺の頭をかざして短く祝福の辞を述べた.


 部屋に帰ると,早速ポケットから受信機を取り出した.イヤホンをつけてスイッチを
入れると声が聞こえた.さっき,法王猊下の袖に盗聴機をしかけたのだ.法王猊下の私
生活がどんなものか聞いてもたいして面白くはないかも知れないが,とにかく退屈しの
ぎになる.


「…しました.確かに,祝福をやるだけでも大変ですなぁ.」
「そうじゃろう.こんなことをあと何回やればよいのやら.しかし,やらぬと信者が騒
ぎ出すかもしれぬ.かといって,予が一人でやっていては疲れるわい.御主達に代わっ
て貰わねば,予が倒れる.予が祝福を受けたいくらいじゃ」
「ははは.それにしましても,御先祖も考えましたな.当時のR帝国がK教を弾圧して
は,広まりますまい.K教を国教とするかわりに,元々の発案者である手品師一族のK
一家からこの様な大役の権利を奪い取るとは.」
「うむ.勿論先祖自身はそれができなんだが,予にとっては非常に楽しいものじゃった
ぞ.株を暴落させて大戦を引き起こしたり,C原発事故をわざと起こしたりというアイ
ディアは予のものじゃ.いかにも滅びの日が近付いていると思わせることで,かなり数
が増えたろうから予も貢献しておろうの.今頃,地上は毒ガスと中性子爆弾で全滅じゃ
ろうて.ところで,今回はどのくらいの数になったかの.」
「ただいま最終調査中にございます.今しばらくお待ちを.」
「そうか,楽しみじゃ.次回の調査はまた2000年経たねばならぬから,流石に予も
生きてはおるまいが,この命を賭けた統計調査をもう一度やってみたいのぉ.」